地元の祭りというもの
2005年8月1日 日常
俺の住む地方では七夕祭りが旧暦に合わせて行われる。
だから七夕というと8月の行事だ。
小学生の時、メインストリートに住居を構えてた俺はだから七夕祭りが楽しみでしょうがなかった。各家庭の前に立てられた20メートル級の竹、そこにぼんやり光る提灯と行灯、風に流れてキラキラたなびく吹き流し。ずらりと並ぶ屋台と群がる人々。
近くの河では大花日大会があって、おまつり最終日、メインストリートが歩行者天国になって500人くらいで民謡の輪踊りでお開きとなる。
近年の少子高齢化や中心市街地の過疎化や企業の寄付金減少でお祭りはめっきり寂しいものになってしまった。「このままじゃいかん」という地元の有志が集まって祭り活性化団体が発足したのは10数年前、俺も微力ながらお手伝いをさせてもらっている。
昨日、駅前に毎年恒例のジャンボ七夕を設営した。
30メートル弱の七夕を2本と地元小学校幼稚園保育園から集めた願い短冊を竹に括り付け広場に飾り電飾を取り付ける。本職の職人さんにはかなわないが5年近くお手伝いしてるので、高所作業車操縦や番線の縛り付け、足場の組み立て解体なんかは結構上手い。工具ベルトをして手ぬぐいを頭に巻くと”職人”という感じがしてなんか強くなった錯覚を憶える。まぁ所詮錯覚なので午後を過ぎると身体がへばってくるのだが。
丸一日かけてつくった七夕に夕方暗くなってきたとき明かりをつける。
300個以上の提灯がぼんやりと灯るのを確認して作業終了。みんなで労をねぎらい近所の健康ランドで乾杯してどんちゃん騒いで解散する。
地元意識が希薄になっている昨今、こういうお祭りは大切にせねばならん。
手弁当で集まった20数名の日に焼けて真っ黒になった顔を見て余計にそう思った。
さーて、7日の解体という仕事があるから気は抜けないが、終わったらコンパニオンのねーちゃんの乳でも揉んで騒ごうではないか!諸君!(笑)
だから七夕というと8月の行事だ。
小学生の時、メインストリートに住居を構えてた俺はだから七夕祭りが楽しみでしょうがなかった。各家庭の前に立てられた20メートル級の竹、そこにぼんやり光る提灯と行灯、風に流れてキラキラたなびく吹き流し。ずらりと並ぶ屋台と群がる人々。
近くの河では大花日大会があって、おまつり最終日、メインストリートが歩行者天国になって500人くらいで民謡の輪踊りでお開きとなる。
近年の少子高齢化や中心市街地の過疎化や企業の寄付金減少でお祭りはめっきり寂しいものになってしまった。「このままじゃいかん」という地元の有志が集まって祭り活性化団体が発足したのは10数年前、俺も微力ながらお手伝いをさせてもらっている。
昨日、駅前に毎年恒例のジャンボ七夕を設営した。
30メートル弱の七夕を2本と地元小学校幼稚園保育園から集めた願い短冊を竹に括り付け広場に飾り電飾を取り付ける。本職の職人さんにはかなわないが5年近くお手伝いしてるので、高所作業車操縦や番線の縛り付け、足場の組み立て解体なんかは結構上手い。工具ベルトをして手ぬぐいを頭に巻くと”職人”という感じがしてなんか強くなった錯覚を憶える。まぁ所詮錯覚なので午後を過ぎると身体がへばってくるのだが。
丸一日かけてつくった七夕に夕方暗くなってきたとき明かりをつける。
300個以上の提灯がぼんやりと灯るのを確認して作業終了。みんなで労をねぎらい近所の健康ランドで乾杯してどんちゃん騒いで解散する。
地元意識が希薄になっている昨今、こういうお祭りは大切にせねばならん。
手弁当で集まった20数名の日に焼けて真っ黒になった顔を見て余計にそう思った。
さーて、7日の解体という仕事があるから気は抜けないが、終わったらコンパニオンのねーちゃんの乳でも揉んで騒ごうではないか!諸君!(笑)