「インディ・ジョーンズ」に拍手喝采した10代の俺。
でも「パイレーツ・オブ・カリビアン デッドマンズ・チェスト」を観た30代の俺は自分でも驚くほど感動できなかった。

「i.j」引くところの「POC」イコール、俺が失った純真さや若さなのか。(ーー;)

面白くないワケではないし、ジョニー・デップも前回以上にキャプテン・ジャック・スパロウを演じきってる。
とっぽい兄ちゃんだったオーランド・ブルームも色々な役どころをこなしてか、深みが出てきた立派な青年になって堂々と演技してるし、前作と明らかにキャラがかわってる(笑)キーラ・ナイトレイにも意外とオイシイ役どころが与えられてる。
全編に散りばめられたオトボケと痛快ドタバタアクションのクオリティも見事、ストーリーが破綻していてもテンポと音楽とキャラクタディテールで観る者を引きずり込む映画づくりはさすがブラッカイマー(&ディズニー)、人が喜ぶツボを良く心得てらっしゃる。

しかしだ、どんなに超一級のドタバタ劇だったとしても2時間半はキツい。
一本調子だし内容無いし、なにより「キミタチが面白いと思ってるだろうアトラクションのてんこ盛り、ほれ観ろ?」然としたところが気に入らん。
作品ではなく商品としてしか見てないと感じるのだな。

こんななら「志村けんのバカ殿」DVDの方が飽きずに観られるように思う。俺は。

ま、面白かったけど(あれだけけなしておいてかよ!(笑))
60点
「スーパーマン・リターンズ」を前に「スーパーマン」再観。

アメコミヒーロー映画化の元祖であり金字塔。
「スーパーマン」の成功があったからこそ「バットマン」や「スパイダーマン」が製作された。

クリプトン星から脱出し、老夫婦に普通の人間として育てられた青年期。それ故の苦悩は後に「ヤング・スーパーマン」として映像化される。また続編も5まで作られるなど、(残念ながら原作アメコミは未見だが)豊富なエピソードがある原作ならではの懐の深い作品群となっている。

もっとも70年代後半ということを考えてもちょっとショボいCGや展開の強引さは当時のレベルに照らしてもクオリティが高いとは言えないだろう。
しかし、途中に挟まれるウェットなジョークやクリストファー・リーブのナイスガイぶりが全てを帳消しにしてくれる。
あぁあの時代のアメリカにはまだあんな純真な俳優さんがいたんだなぁ。
あのかなしい落馬事故がなければ、トム・クルーズのポジションの大半は彼が持っていったのではないだろうか?とさえ思ってしまう。

ちゃちゃちゃ〜〜〜〜〜
とあのテーマソングを叫びながら両こぶしをグーにしてグラウンドを駆け回った3〜40代のちびっ子にゃ忘れられん作品のひとつだろう。

今回の「リターンズ」はリメイクではなく、その後のクラーク・ケントを描いてるとのこと。「バットマン」が「リターンズ」でその存在意義を取り戻したように、「スーパーマン」も頑張ってもらいたいもんである。

54点
すごい西川さんの映画というもの
「ゆれる」鑑賞

母の一周忌の為に帰省した弟の猛は、実家で兄の稔が経営するGSで幼なじみの智恵子と再会する。久々に会った3人は渓谷に遊びにいくことになるのだが、そこに掛かる吊り橋の上から智恵子が落下し亡くなってしまう。その一部始終を見た弟猛、そして傍らにいた稔...事件か?事故か?兄弟の間で揺れ動く感情が思わぬ展開を呼び込むのだった.....

最近、映画の点数が甘いなぁと思う、俺。
これはひとえに観てるときの感情や精神状態によって目の前の映画の良し悪しが左右されちゃってるってことだろう。
後から観たら「さほどでもないんじゃねぇの?」と思ったりしてな。とまぁ人の記憶なんてものはいい加減で調子よくできてるってことだ。

とまぁ軽くネタバレも挟みながら(笑)書くが、この映画、ハッキリ言って今年度邦画部門の最高傑作であると断言しよう。シネカノン配給ということで公開されてるハコは少ないしDVDも生産数は少ないだろう。でも、絶対観るべき映画だ。

なにがすごいってまず脚本。「羅生門」を彷彿とさせる真実と虚実の紡ぎ方と、観た者の評価が真っ二つに分かれるだろう深いエンディングまで寸分の隙もなくみっちり詰まった感は近年希にみる出来ではなかろーか?
そしてその素晴らしい脚本を作った監督西川美和女史の凄さも忘れてはならない。
女流映画監督といえばジェーン・カンピオンやペニー・マーシャルが有名だが、概ね女性らしい柔らかさや優しさ、色香を前面に押し出す場合が多いように思う。
んが、西川監督は重厚で野太い演出で人、家族の業を描ききった。女だから男だからという区分けも失礼だが、とにかく凄いと思う。

そして主演のオダギリジョーと香川照之の素晴らしいこと!
性格が正反対の兄弟が進行と共に近づき交わりそして離れていく心情を鬼気迫る演技でやってのけた。オダギリはまぁハマり役だったと思うが香川はちょっと見直しちゃった。
すげぇ。

ともかく上質なサスペンスをお求めの御仁には自信もっておすすめできる映画である。
おすぎの勧める映画は大嫌いだったがこれはよかった。
俺アカデミー賞最右翼だな。

90点
真剣勝負というもの
しかし凄かったねぇ、決勝戦。
こういう真剣勝負みちゃうとプロ野球なんてヌルくて見てらんないだろうな。

今日も延長だったら両校優勝でいいんじゃない?
長男の本音というもの
作ったやつぁ天才だ。

TBSとかの親子騒動の裏側がよくわかるコラ。

http://www.hiroiro.com/entry/763.html
「ロード・オブ・ウォー」鑑賞

うだつの上がらない青年ユーリ、彼は自分の勤めるレストランでギャングの銃撃戦を目撃し武器の密売商をはじめ、そこで天才的な商才を発揮する。「ひとり一丁の拳銃を!」をスローガンに今日も武器を売りまくるのだった......

武器を作りまくり売りまくる国家(実際作るのは企業だがその税収によって成り立つのが国である以上国家として括ってもいいだろう)と、アンダーグラウンドで横流しする武器商人。それを取り締まるのが国家という、ブラックユーモアのきいた良作。
大体だな、アメリカの提唱する資本主義においては、細かいニーズに対応し顧客に喜ばれる武器商人の方が正義になるんだけどなぁ(^_^;)。
「華氏911」が中高生的反戦ドキュメントとしたらこいつはもうちょっと頭の良い大学生的反戦映画といえるかもしれない。

映画的にも、プロローグのケイジ本人のナレーションから「ほほーー」と思わせるエピローグまで構成もしっかりした作品。垂れ流し感のないところがすごい。

ブッシュの言うところの、そして小泉が目指す社会はこうなんだけどそれでもいいかい?という問いかけを外国人にしてもらってどーするよ?なにやってんだ、民主党&自民左派。

という思いを強くした作品。必見。

主演はニコラス・ケイジ。まったくこういう役をやらせたら天下一品だ。ラクダ目俳優の本領発揮というところだろう。

この映画、内容が内容だけにハリウッド資本は入ってないそうだ。
おかみに楯突くムービー・ガイはもはやメル・ギブソンとトレイ・パーカーとマイケル・ムーアだけになっちゃったか。と思ってたがまだまだ捨てたもんじゃないな。

88点
実家のじいちゃんが娘にワンピをプレゼントしてくれた。
うちは誕生日だってクリスマスだってそういう風習がなかった家だったのにどういう風の吹き回しだ?死期が近いのか?とちょっと焦ったが、あれだけ意固地だった父親も歳と共に丸くなってきたということか。

ただ、プレゼントし慣れない人なんで小学三年生に150サイズ。
大きすぎです。(^_^;)

娘は思いの外嬉しかったようでさっそく袖を通すが、大きすぎて胸元がぱっくり開いておっぱいがポロリ。

「いやぁ〜ん、おっぱいだるましぃ


だるましって...(爆笑)
例えばだ
ちんこまんこを見られるのはとても恥ずかしいことだけど彼女彼氏の裸は穴が空くほど見たり見られたりしてるはずで、少なくとも付き合った当初より気恥ずかしさは薄らいでいるはずである。つまり関係が長く続けば続くほど、羞恥心は少なくなっていく傾向にあるということだ。

実はこの羞恥心というやつは女性ホルモンと密接に関係してるらしい。簡単に言うと、恥ずかしがるという行為は女性ホルモンのなせるワザということになるのだが、もうひとつ、羞恥心はドーパミンを分泌させる要因となり、A-10神経を刺激し興奮をもたらすことが知られている。

飽きる、というのはことセックスに関して言うと、この羞恥心の欠如が大きな問題であるのだな。

またA-10神経を刺激する伝達ホルモンとしてアドレナリンやPEAがあるが、PEAは恐怖を感じるときにも分泌される。吊り橋を異性と渡ると恋に落ちやすいというような話を聞いたことがないだろうか?これは緊張しドキドキする行動(吊り橋を渡る)ことでPEAが直接A-10神経の受容体にはまりこみ、恋してるかのように脳が錯覚するからである。

以上のことからより素晴らしい快楽を得るためには羞恥心を刺激し、且つ「ちょっと怖いかも?」とドキドキしちゃう行動をとれば良いということになる。
もちろん羞恥心には個人差があり、一概に「これ!」ということはないと思うが、「ありえな〜い」と、ちょっと引くくらいインモラルな行為が快楽の近道であることは疑いようもない事実であろう。いや、個人的見識だが。(笑)

彼氏が「今日のデートはノーパンで来い」と命令するのは、つまりとても理にかなってるということですな。

以上、彼氏の立場で説得してみました(笑)
平成版「のび太の恐竜」鑑賞。

スネ夫の恐竜の爪の化石を自慢され悔しい思いをしたのび太は勢い余って自分で恐竜の全身化石を見つけるというとんでもない約束をしてしまう。でも今回ばかりはドラえもんもあきれ顔、のび太は自ら本をかき集め恐竜の研究をし古い地層を掘ってはみるがなにも出てこない。しかも持ち主のおじさんに叱られゴミを埋める穴を掘れと命令される始末。「これもドラえもんが協力してくれないからだ」と恨みを込めて穴を掘るとそこから大きな石が出てきたのだった.....
 
元々「のび太の恐竜」は連載用の短編だった。それを長編としてコロコロコミックに連載されたものが劇場用原作だ。連載時より藤子F氏に長編構想があったかどうかは定かではないが、短編は短編としてとても良い出来となっている。
劇場用の為に加筆されているので、昭和版映画「のび太の恐竜」は原作に忠実、寸分の狂いもない映画化となり、大入りとなる。これに味をしめた小学館と東宝は毎年長編ドラえもんの映画化を図りそれはF氏の死後も続くことになるが...これは過去日記に書いたから割愛。http://diarynote.jp/d/38325/20051026 参照

さて、平成版「のび太の恐竜」は初のリメイク、声優陣が一新してからの初の劇場版、惰性で毎年公開されてたのを止めた後の初作品と初めてづくし。故に制作スタッフの意気込みは並大抵のものではなかったはずだ。
それが見て取れる効果的に使われるCG、クレしん原恵一路線のタッチ、そしてピー助を過去に返すまでをもの凄い丁寧に描いた構成等々である。どれも多少やりすぎでオーバークオリティって感も否めないが、俺は評価に値すると思う。
唯一残念なのが、ティラノが首長竜を襲うシーン、ここだけ格段に作画レベルが落ちてるのだ。今までのエモーションがまったくないただの線画。劇中数少ないダイナミックなシーンなだけに余計残念である。できればDVD化に合わせて修正して欲しかったところであろう。

あと、昭和版と違うのはエンディングだ。
タイムパトロールに救出される昭和版と違い、平成ののび太は自らの足で日本に向かう。
こからピー助との別れ、現代に帰りママと交わす会話、スキマスイッチのエンディングソングと進行する様は.....すまん、泣いた。(笑)

平成版のオリジナルの途中挟まれるパパのとの小さな会話もちょっと心をキュンとさせる。

ともかく、リメイク作品としては及第点以上の出来である。
小学生のころ、リアルで「のび太の恐竜」をみた世のお父さん、数年前までのドラえもんに嫌気が差してたお兄さん達に告ぐ。

映画ドラえもんは変わった。是非観てくれ。
そしてドラえもんは元々こういう話なんだ。俺らが感動したのは地球愛やら動物愛護やら小難しいことじゃーない。こんな小さな冒険でワクワクしてたんだ。

90点
 
 
 
 
.....って次もリメイクかよ....エー(´д`) (笑)
正史「機動戦士ガンダム」のサイドストーリー「機動戦士ガンダム 0083劇場版 -ジオンの残光-(以下0083)」鑑賞。

もう15年も前の作品か。(  ̄- ̄)トオイメ
当時が仕事が忙しいのと今更ガンダムでもなかろうと興味も薄らいでた時期だったので、リアルにOVAも劇場版も観てなかった。はじめて観たのは結婚してからだったと思う。
俺にとってガンダムは「Zガンダム」で終了してたのだが、バンダイからガンブラMGシリーズが発売され懐かしさのあまりシャアザクを作ってからやけぽっくりに火がついたのだ。
子どもが「Gガンダム」や「Vガンダム」のビデオを借りてきたってのもガンダム熱を加速させていったのだろう。

気が付けばMGシリーズ10数体、安彦良和氏の「ガンダム・ジ・オリジン」全巻、ガチャポンSDシリーズも100個くらい溜まった(笑)。

さて、そんな世のお父さんよりちょびっとオタッキーな俺のイチオシがこの「0083」である。
0079ガンダムから0086Zガンダムまでの空白の7年を見事にこじつけ(笑)、加えてニュータイプや人の在り方といった所謂”トミノ的”な概念を一切排除した本作は、明治維新時の西郷隆盛や新撰組の生き方に似た”滅びゆく者の美学”を描いた作品となっている。
故に主人公、コウ・ウラキは特別なアムロやカミーユのような戦闘能力は無く一介の兵士として描かれ、対するアナベル・ガトーは旧式なMSで奮闘する志士として描かれる。
新型ガンダムのテストパイロットコウとそれを略奪するガトー、この男と男の意地のぶつかり合いとそれに翻弄される女、ニナ・パープルトンの微妙な三角関係というのもこの物語の大きな軸であるのだが、残念ながら上手に処理されてるとは言えない。ニナがどっちつかずのイヤな女としか見えないのが本作の唯一最大の欠点であろう。

とはいうものの、劇中出てくる名言の数々、シーマ様のお色気(笑)、カトキハジメ氏デザインの洗練されたMS群等々....今観ても十二分に楽しめる作品ではなかろーか。

87点

ちなみに俺が一番好きな台詞は

ソロモンよ!私は帰ってきたー!!!!

ですな。やっぱ。(笑)
昨日の
納涼祭、午後からは晴れ間も見えて暑くなる。
お客さんもたくさん来てビールその他の食材も全部さばいて終了。
その後のあとふきで12時まで飲んで今朝は5時から後かたづけ、その後仕事でお客さんのところに向かい今に至る。

一昨日も3時まで飲んでるしぃ〜〜〜
 
 

明日辺り、たまった疲労が確変でやってきそうで怖い38歳である。(ーー;)
雨の納涼祭というもの
納涼祭のぉ〜〜準〜〜〜〜備をしていたら〜〜〜

土砂降りと風で、テーブルとコンパネが飛んでいきましたぁ〜〜〜
 
 
 
 

 

チックショーーー!!!!


 
 
 

雷がゴロゴロいってる真っ黒な空を見ながら町内会長に聞いてみる。

「....今日、どうしましょう?」

「うん...やれないかなぁ?」

えー(;゜д゜) 実行するんすか?

ということで午後から焼そば作ります!
あ、雷落ちた(笑)
お盆である。

だいありー作家さんの中でも帰省される方が多いらしく、「日記の更新できませーん」とのお断りをよく見かけるようになった。
取引先の中には昨日から来週一杯、10日間近くも休みがある会社もあって随分と優雅なものよのぅ...と遠い目をしてしまうってものだが、中にはなにかしらの理由で無職の人もいて、悲喜こもごもな’06-夏!なワケで。

まぁ俺は相変わらずの仕事週間なんですけどね。(^_^;)。

 
仕事といえば、長年勤めていた我が社の稼ぎ頭が先月末で退社した。
今年の春に脳溢血で倒れ、半身に不都合が残るもなんとか現場復帰できるまで回復してたのだが、本人もいたたまれなくなったのか.....
で、先日社会保険の書類のことで来社してたので顔をあわせたがなんと丸坊主になってた。( ゜_゜;)
なんでも出家するらしい。
元々お寺や檀家のお世話など積極的にされてたのでここいらで仏道に人生を捧げてみようと気になった模様。
お子さんや年老いた母親がいるのに仕事やめて大丈夫か?と思ってたが、本人は至って元気な模様。ある意味踏ん切りがついてよかったのかもしれん。

やっぱり留まってると水は濁り、判断を鈍くさせる。
動かねば。

とりあえずしばらくサボってるウォーキングマシーンから動かそう。(笑)
本年度最高アクションホラーというもの
「ディセント」鑑賞

一年前の交通事故で愛する夫と娘を失ったサラ、そんな彼女を心配した友人が、冒険好きのサラを地下洞窟探検に誘う。参加者は女性ばかり6名、最初は順調な探検だったが出口が崩落してしまい逃げ場が無くなる。6人は別の出口を見つけるため迷路の中を進んでいくが.......

オープニングプロットでサラの旦那とジュノの不倫ぽい関係描写や事故により出口が無くなったプロットなどから6人の女性の愛憎サスペンスだと思ってたら。

そうくるかっっ!!!!!!\(゜o゜;)/ウヒャー

ってな内容。
何書いてもネタバレになりそうなんで非常に書きにくいんだが、そうだなぁ、敢えて言うとキレのあるシャマラン作品、て感じ。

ありとあらゆる恐怖の要素がてんこ盛り、ついでにアクションも満足できる。
ホラーだから血も出る出る。そしてエンディング、使い古された手法であるが、途方もない絶望感に鳥肌が立った。

6人の女性が上手に描き切れてなかったことと、そのことによる愛憎がストーリーに上手に乗っかってないのがちょっと気になったが、洞窟が舞台ということで息苦しいまでの閉鎖感や緊張感は感じることができた。

いやぁ面白かった。

シャマランは嫌いだけどこれは好き。
本年一番の映画だな。とりあえず。

89点
Gone in Sixty Seconds

「60セカンズ」の元映画「バニシング・イン60」鑑賞。
ちなみに「60セカンズ」は「しっくすてぃ・せかんず」と発音し、「バニシング・イン60」は「ばにしんぐ・いん・ろくじゅう」と発音する。
ですよね?水野御大。
 

さて、俺の中でこの映画と「バニシング・イン・ターボ」の区別がついてなかったのだが、この映画みてようやくわかった。
女が出てくるのが「ターボ」の方で、黄色のマスタングがかっちょいいのが「60」だ。

スタントマン出身のハリッキーが監督・製作・原案・脚本・主演をこなした”俺様”映画であるので自分のスタント技術を余すことなく披露してくれる。
初っぱな、狭い道路を片腕でハンドル握り軽く運転してるがどーみても100キロ以上出してるシーンなんか「すげぇ」と素直に思うし、後半のカーチェイス、スーパーカーがどんどんクラッシュするシーンは爽快以外のなにものでもない。

ストーリーはあってないようなもの。特にエンドは最悪(笑)
100分でハライッパイになる。「激突」と並んでカーアクション映画の基本なので未観の人は是非。
あ、カーアクションにグッとこない人にはただの騒がしい映画なんで注意です(笑)
言葉というものは難しい。
使い方で人を死に追いやる凶器になるし、心地よい西川の羽布団にもなる。

....という当然なことを判ったつもりで書いてみたが、オトナになると痛い目に遭わないと思い出せないようだ。

何気ない一言が人を傷つける。
それをフォローしようと必死になって言葉を探すが、それらは往々にして薄っぺらく軽く矮小で、時にはもっと追いつめる言葉となる。
それが判ってるとタダでさえ少ない語彙は更に少なくなり言葉にすらならなくなる。

そして諦める。
「元々合わないのだ」「俺は悪くないから」等々自分を瞞着するゴタクを並べて。
 
 
 
それでいいのか?
 
 


 
 
 
前に進もう。フォローじゃなく 思いを、気持ちを、意味を、キレイな言葉はいらない自分をさらけることに臆病にならず、逃げず、真っ直ぐ誠実に言葉にしよう。

そうしたら 伝わる。

大丈夫だ。(^_^)
”恨(ハン)”といえばお隣の国韓国の文化と言われる。

が、実は60〜70年代日本映画も”恨”だった。東映系ヤクザものを筆頭に血を血で洗うリベンジものが全盛だったのだ。

そんな中の珠玉の一本「修羅雪姫」

「キル・ビル」でタランティーノにリスペクトされ、2001年で釈由美子でリメイクされた本作は紛うことない抱腹絶倒痛快異色時代劇である。
本作「修羅雪姫」、翌年には「修羅雪姫怨み恋歌」と続くのだがあの時代の良い意味でのいい加減さや”けれん味”は平成の日本映画ではもう二度と観ることができないであろう。パク・チャヌクの復讐三部作に比べても劣らない。これは断言しよう。

この度、TSUTAYAレンタルDVDが百均だったので未観の方、「修羅雪姫怨み恋歌」を借りてみた。
うん、けれん味はあるけど俺は1の方が好きだな。
テーマソングも違うし「キル・ビル」好きにはちょっと物足りない。

でも相変わらず梶芽衣子はキレイだった。
殺されるならこの時代の彼女にぶっ切られたい。(笑)

70点
もうなんでこんなにカワイイのでしょうか?

子供だましのキャラものにハマる40手前のおっさん。
キモいを通り越して哀れですらある。

PCのデスクトップ画像から携帯待ち受け画像まで、仕事用のステイショナリーグッズもほとんどがこれ。
ハンドタオルもリラックマ
ストラップもリラックマ
石鹸受けもリラックマ

バカかと。

SAN-X......おそるべし。
見世物興行というもの
やー

なんかボクシングで世界チャンピョンが誕生したそうで。

そのときの試合がこれまたビミョー、つか、逆だろオイ!てな内容だったらしく
 
 
 
そもそも日本の興行は古くは力道山時代のプロレスからヤクザ(=あちゃらの国の方々)と金と八百長とは切ってもきれない関係なワケで、ことさら騒ぎ立てずとも、と思ったり。スポーツじゃないのだな。
 
でもまぁキレイゴトのごたくばーーーっかり並べるテレビ屋さんが仕切るとなると週プロ的アオリのみというワケにもいかないのが辛いところだ(笑)>TBS

所詮見世物は見世物だってこと。
真の格闘を見たい人は「バキ」でも読みましょう。
ピーター・ジャクソン版「キング・コング」鑑賞。

「ロード・オブ・ザ・リング」三部作で大御所の仲間入り、ダイエットにも成功したピーターの「私はこれを撮る為に監督になった」と言わしめる作品。
76年版に続く二度目のリメイクになるが、評価の悪かった76年版ではなく、オリジナルは33年版に忠実につくってある。

 
...というが、俺的にはどーも76年版のテイストに近かったと感じられた。

33年版のオリジナルが素晴らしいのはダイナメーション技術がすごいのもさることながら、キングコングを本能のままに行動する猛獣として描いてる点である。そこにはヒューマニズムはかけらもない。
奇形児をおぞましい見世物として楽しむ、そんな風土が30年代の人類にはあった。クリーチャーはクリーチャー、猛獣は猛獣として徹底的に糾弾されそして死んでいく残酷な娯楽映画として在るからだ。
対して76年版はコングに人格を与え、人間対猛獣という基本プロットを踏襲しつつも「美女と野獣」の悲恋を描いた。最後の心臓の鼓動がゆっくり止まっていくシーンは俺の中で忘れられない名シーンのひとつである。

映画の出来不出来は別にして二つの「キング・コング」はこの点が最大の相違点であり、その観点で観ると05年版「キング・コング」は76年版のリメイクといって差し支えないと思わないか?
って誰に同意を求めてるのかわからんが。

まぁ21世紀オリジナルを忠実にリメイクしたら人権団体や動物愛護協会から総スカンをくらうのは判りきってるし、「ロード・オブ・ザ・リング」を観たらわかるようにピーター・ジャクソンは意外とモラリストの良い子ちゃんだからこういう映画になるのはわかるし、自身が言うようにフェイバリットムービーなら思い入れがあるのもわかる。

けど、3時間を超える上映時間、全然衣服が乱れないナオミ・ワッツ、ナオミとエイドリアンとの曖昧な恋愛描写、表情豊かすぎるコング等々、上げ膳据え膳的なバカ丁寧な作りが異論を挟む余地をなくしてる気がする。
仰向けになったちんこ丸出しで毛むくじゃらのピーター・ジャクソンが「観て観て〜〜〜〜」とはしゃいでるように見えるのだな。

って意味わかりませんかそうですか。

真面目だけど誠実じゃないって感じ。独りよがりな正論で3時間ずっと説教されてる気がした。疲れた。

48点

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