ふとしたきっかけで人生が転がる。
振り返ってみればなにが原因だったのかわからないくらい複雑な因果関係があるように思えるがそのときは、ただピュアでいたかっただけ。
16歳、それは大人の社会が見えてしまうこと、社会は想像以上に欺瞞に溢れていること、そして人を愛することを自覚してしまうこと....

誰しも通過する儀式である思春期の葛藤は、なにかに導かれるように皆を巻き込む悲しい事件を引き起こしてしまう。
なるべくしてなったのか?
そもそも原因はなんなのか?

殺人に理由を求めることが正しくないとしたり顔でいいながらそれでも理由を探しノートをつける。この一見生産性のない行動こそセイシュンってやつなのかもしれない。
あまりにも悲しいけど。

久々に繊細な作品を観た。
監督のマシュー・ライアン・ホーグが、ロスの矯正施設で教員生活を送った時の実体験を基に脚本を執筆し、作品のテーマに共感したケヴィン・スペイシーがプロデュースしたという「16歳の合衆国」は現代の病的社会を如実に語っている。

精神世界や心理学全盛の昨今、常人はなにかと行動に理由をつけたがる。それはあたかも正解のように皆が支持するが、ホントにそうか?社会学という後出しじゃんけんのような戯れ言が学問として成り立つ社会に浸る我々はこの映画を観てなにかしら考えないといけないと思う。一部アメリカがはらんでいる深層的な構造危機の象徴のように語られることが多いこの手の話だが(「ボーリング・フォー・コロンバイン」もそうだよな)、なにもアメリカだけの話じゃない。この日本にも普通にすっぽりと当てはまる事件だし、なにより大人はみんな通過した道なのだから。

この大きな問題をあえてフィクションとして構成し、エピローグに欺瞞的な答えを持ってこないのが良い。
「答えは自分で見つけてね」ってことだろう。

俺はリーランドの静かな死に顔に涅槃経を感じた。
諸行無常
是生滅法
生滅滅已
寂滅為楽.....

70点

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